イントロダクション

映画史において、女優たちはしばしば見られる存在/欲望の対象として表象され、その身体やイメージが消費されてきました。ドキュメンタリー映画『美しく、黙りなさい』が示すように、多くの女優は映画産業のなかで、自ら語る主体ではなく、語られる対象でした。本企画は、そのような状況に対し、俳優としてキャリアを開始した女性たちが、その経験を活かしながら自ら監督となり、独自の視点から映像芸術を切り拓いた作品に焦点を当てます。

【デルフィーヌ・セリッグをめぐって】

『カラミティ・ジェーン&デルフィーヌ・セリッグ:ひとつの物語』Calamity Jane & Delphine Seyrig, a Story

©Babette Mangolte/Centre Simone de Beauvoir

(2020年/カラー/DCP/87分)

監督:バベット・マンゴルト

出演:デルフィーヌ・セリッグ

映画監督・カメラマンであるバベット・マンゴルトが、デルフィーヌ・セリッグの未完の構想を受け継いで完成させたドキュメンタリー。セリッグは、伝説の女性ガンマン、カラミティ・ジェーンが娘へ宛てた手紙に長らく魅せられ、1983年、その映画化のためマンゴルトとともにモンタナで調査と撮影を行った。マンゴルトは、当時の16mm映像に加え、セリッグが遺した脚本やストーリーボードをもとに映画を完成させ、一人の女性の生と言葉が別の女性たちへと受け継がれていく軌跡を描く。

『レターズ・ホーム』Letters Home

Collections CINEMATEK © Chantal Akerman Foundation

(1976年/カラー/DCP/104分)

監督:シャンタル・アケルマン

出演:デルフィーヌ・セリッグ、コラリー・セリッグ

アメリカの詩人シルヴィア・プラスが母オーレリアに宛てた696通の手紙をもとにした舞台を、シャンタル・アケルマンが映画化。母オーレリアを演じるデルフィーヌ・セリッグと、その姪コラリーがプラスを演じ、創作への情熱、恋愛、結婚、そして母となることの喜びと葛藤を、二人の朗読が静かに浮かび上がらせる。本作では、プラスと母オーレリアの関係を軸に、アケルマンと母、セリッグと母をはじめとする複数の母娘関係のイメージが幾重にも交錯する。

【ヌーヴェルヴァーグから自立して】

『一緒に生きる』Vivre ensemble

©Raska Productions - Société Nouvelle de Cinématographie

(1973年/カラー/DCP/95分)

監督:アンナ・カリーナ

出演:アンナ・カリーナ、ミシェル・ランスロ

ヌーヴェルヴァーグを代表する俳優アンナ・カリーナが、脚本・監督・主演を務めた初監督長編。自由奔放なジュリーは、歴史教師アランと恋に落ち、パリからニューヨークへと旅をする。しかし、二人の「一緒に生きる」日々は少しずつ揺らぎ、妊娠をきっかけに女性が置かれた現実と向き合うことになる。自由を求めながらも社会や恋愛のなかで葛藤する女性の姿を、カリーナならではの軽やかなユーモアと繊細なまなざしで描いた作品。

『ヴィクトリア』Victoira

© Nadja Productions

(2008年/DCP/95分)

監督:アンナ・カリーナ

出演:アンナ・カリーナ、ソフィー・デマレ、ジャン=フランソワ・モラン

アンナ・カリーナが脚本・監督・主演を務めた最後の長編作品。フランス人歌手スタニスラスとジミーは、記憶と言葉を失った女性ヴィクトリアとともに、セントローレンス川沿いを旅する。旅を続けるなかで、ヴィクトリアの過去や記憶が少しずつ呼び覚まされていく。ロードムービーとミュージカルを融合させ、記憶とアイデンティティをめぐる旅を描いた作品。

『ロゼットの冒険』Les Aventures de Rosette

©Compagnie Éric Rohmer

(1983年/カラー/DCP/70分)

監督:ロゼット

出演:ロゼット、エリック・ロメール、マリー・リヴィエール

エリック・ロメール作品でおなじみの俳優ロゼットが、Super 8カメラで撮影した瑞々しい一本。主人公ロゼットは、パリの街でバラを売り、ひとり暮らしの部屋を探し、ときには男の子とデートを重ねながら毎日を過ごしていく。ロメール映画を通じて出会った仲間たちとともにパリの街角で撮影され、ロゼット自身の経験を色濃く映し出した、自伝的な魅力あふれる作品。

『ニノの友だち』Les Amis de Ninon

©Compagnie Éric Rohmer

(1998年/DCP/24分)

監督:ロゼット、エリック・ロメール

出演:ロゼット、ジュリー・ジェゼケル、パスカル・グレゴリー

ロゼットがエリック・ロメールと共同で脚本・監督を務めた短編。夫と子どもの留守中、主人公ニノはかつての恋人や友人たちを家へ招き、誕生日パーティを開催する。ロメール組で活躍した俳優たちが顔をそろえ、思いがけない再会やすれ違いが次々と小さな騒動を生み出していく。恋愛と友情の機微を、ロメールらしい会話劇と軽やかなユーモアで描いた一編。数々のロメール作品の音楽を手がけたジャン=ルイ・ヴァレロによる軽快なサウンドが印象的な作品。

【アフシア・エルジ特集】

『歓喜』Le Ravissement

©D.R.

(2023年/DCP/97分)

監督:アイリス・カルテンバック

出演:アフシア・エルジ、アレクシス・マネンティ、ニナ・ミュリス

仕事熱心な助産師のリディアは恋愛で破局を迎えていた。同じ頃、親友のサロメが妊娠、共に出産までのときを過ごす。難産を乗り越えて新生児を取り上げ、名付け親となり、育児にも積極的に協力する。そんなある日、かつて一夜を過ごしたミロスと再会、孤独なリディアの小さな嘘はやがて人生を賭けた大きな事件へ広がっていく。本作で、エルジは、2024年セザール賞主演女優賞にもノミネートされた。

『ボルゴ』Borgo

©D.R.

(2023年/DCP/118分)

監督:ステファン・ドゥムースティエ

出演:アフシア・エルジ、ムサ・モンサリ、ルイ・メンミ

メリッサは、家族とともにコルシカ島へ移り住み、ボルゴ刑務所で女性刑務官として働き始める。受刑者サヴェリウとの思いがけない出会いをきっかけに、島の複雑な人間関係と抗えない事件へと少しずつ引き込まれていく。実際の事件に着想を得て、一人の女性が暴力と権力の渦中で揺れ動く姿を、緊迫感あふれる筆致で描いたサスペンス。本作で、アフシア・エルジはセザール賞主演女優賞を受賞。

『リトル・シスター 秘密』La Petite Dernière

© 2025 June films Katuh studio Arte France mk2films

(2025年/DCP/112分)

監督:アフシア・エルジ

出演:ナディア・メリティ、パク・ジミン、アミーナ・ベン・モハメド

アフシア・エルジが、脚本・監督を務めた長編第3作。アルジェリア系移民の家庭に育った17歳のファティマは、大学進学を機に家族や信仰との距離を見つめ直し、自らの性的指向に向き合い始める。喘息の治療先で韓国系の看護師ジナと出会い、惹かれ合うなかで、家父長制や異性愛規範に抗いながら自由を模索していく。2025年カンヌ国際映画祭クィア・パルム受賞作、主演ナディア・メリティはストリート・キャスティングで見出され、カンヌ国際映画祭女優賞を受賞。